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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)387号 判決 1987年3月31日

(ネ)第三九五号控訴人・(ネ)第三六二号、第三八七号、第四〇一号、第七〇〇号各被控訴人(以下原告という。)

甲野太郎

(ネ)第三九五号控訴人・(ネ)第三三五号、第三六二号、第三八七号、第四〇一号、第七〇〇号各被控訴人(以下原告という。)

甲野次郎

右両名訴訟代理人弁護士

本多清二

(ネ)第三九五号被控訴人(以下被告という。)

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

細田美知子

外一名

(ネ)第三九五号被控訴人(以下被告という。)

山梨県

右代表者知事

望月幸明

右訴訟代理人弁護士

細田浩

右指定代理人

矢崎司朗

外五名

(ネ)第三九五号被控訴人・(ネ)第三三五号控訴人(以下被告という。)

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役

一柳東一郎

右訴訟代理人弁護士

久保恭孝

(ネ)第三九五号被控訴人・(ネ)第四〇一号控訴人(以下被告という。)

株式会社読売新聞社

右代表者代表取締役

小林與三次

右訴訟代理人弁護士

山川洋一郎

喜田村洋一

(ネ)第三九五号被控訴人・(ネ)第三八七号控訴人(以下被告という。)

株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役

山内大介

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

右訴訟復代理人弁護士

三木浩一

岡野谷知広

(ネ)第三九五号被控訴人・(ネ)第三六二号控訴人(以下被告という。)

株式会社産業経済新聞社

右代表者代表取締役

鹿内信隆

右訴訟代理人弁護士

加藤義樹

(ネ)第三九五号被控訴人・(ネ)第七〇〇号控訴人(以下被告という。)

株式会社山梨日日新聞社

右代表者代表取締役

高室陽二郎

右訴訟代理人弁護士

岡島勇

右訴訟復代理人弁護士

細田浩

主文

原告らの本件控訴を棄却する。

原判決中被告株式会社朝日新聞社、同株式会社読売新聞社、同株式会社毎日新聞社、同株式会社産業経済新聞社、同株式会社山梨日日新聞社の敗訴部分を取り消す。

原告らの右被告らに対する請求を棄却する。

原告らと被告国、同山梨県との間では控訴費用を原告らの負担とし、原告らとその余の被告らとの間では訴訟費用は第一、二審とも原告らの負担とする。

事実

<申立て>

(一)  原告ら

「一 原判決中原告ら敗訴部分を取り消す。(1)(イ)被告国及び被告山梨県(以下「被告県」という。)は各自原告甲野太郎に対し金一五七〇万円、原告甲野次郎に対し金三〇〇万円及び右各金員に対する昭和五三年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、(ロ)被告株式会社朝日新聞社(以下「被告朝日」という。)は、原告甲野太郎に対し金一五七〇万円、原告甲野次郎に対し金二九〇万円及び右各金員に対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員を、(ハ)被告株式会社読売新聞社(以下「被告読売」という。)、同株式会社毎日新聞社(以下「被告毎日」という。)、同株式会社産業経済新聞社(以下「被告産経」という。)、同山梨日日新聞社(以下「被告山日」という。)は、各自原告甲野太郎に対し金一五六〇万円、原告甲野次郎に対し金二九〇万円及び右各金員に対する前同日から支払い済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。(2)(イ)被告朝日は原告らに対し原判決別紙広告記事目録(一)記載の記事を朝日新聞朝刊山梨版に、(ロ)被告読売は原告らに対し同目録(二)記載の記事を読売新聞朝刊山梨版に、(ハ)被告毎日は原告らに対し同目録(三)記載の記事を毎日新聞朝刊山梨版に、(二)被告産経は原告らに対し同目録(四)記載の記事をサンケイ新聞朝刊山梨版に、(ホ)被告山日は原告らに対し同目録(五)記載の記事を山梨日日新聞社会面に、それぞれ一回掲載せよ。二 被告朝日、同読売、同毎日、同産経、同山日の各本件控訴を棄却する。三 訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。」との判決を求める。

(二)  被告国及び同山梨県

それぞれ「原告らの本件控訴を棄却する。」との判決を求める。

(三)  被告朝日、同読売、同毎日、同産経、同山日

それぞれ「原告らの本件控訴を棄却する。原判決中被告敗訴部分を取り消す。原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告らの負担とする。」との判決を求める。

<主張><省略>

理由

一請求原因1の事実は原告らと被告朝日との間においては争いがなく、右事実のうち原告次郎が柔道整復師として甲野整骨院に勤務していることは原告らと被告国との間で争いがなく、右事実のうち原告次郎が全国柔道整復師会の会長を務めていることを除くその余の事実は原告らと被告県との間で争いがない。<証拠>によれば、原告らと被告国との間において右争いのない事実以外の請求原因1の事実を、原告らと被告県との間において請求原因1のうち原告次郎が前記会の会長を務めている事実を、原告らと被告朝日を除くその余の被告新聞社との間において請求原因1の事実全部をそれぞれ認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二請求原因2の事実は各当事者間において争いがない。

三被告県の責任について(違法逮捕と報道機関に対する発表)

1  逮捕状の請求の適否(請求原因3(一)(1)(2)(3))

(一)  昭和五三年一〇月二日午後五時ごろ、今橋課長が捜査員七名を連れ甲野整骨院に赴き、和三に直接事情聴取を行ったが、同人は監禁された事実を否定し、同課長は原告らを現行犯として逮捕することなく和三をその場に残して引き上げたことは、原告らと被告県との間で争いがない。原告次郎に対する診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反の被疑事実のみでは同原告を逮捕する必要がなかったことは、被告県において明らかに争わないので自白したものとみなす。

(二)  しかし、請求原因3(一)のその余の事実については、原審における原告ら本人尋問の結果中にはこれに符合する供述があるが、下記の各証拠に照らし措信しがたく、かえつて右争いのない事実に<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 今橋課長は、昭和五三年一〇月二日午後四時三〇分ごろ、鐘太郎及び同人の妻たつ江から、「鐘太郎は先頃交通事故を起こし、宮坂信吉に負傷させたが、今日自分達は信吉の父の和三とともに信吉がかかっていた甲野整骨院に行き、他に転院したい旨申し出たところ、信吉は原告次郎から二度診療を受けただけであるのに、同原告から診療費として四五万円を直ちに支払うよう要求され、更に玄関や窓の鍵を掛けられたので、何をされるか怖くなり、二人で隙を見て逃げてきた。和三は逃げ遅れて残っているので何とかしてやってほしい。」との趣旨の申し出を受けた。同課長は直ちに富士吉田警察署署長上条秀樹に報告したところ、同署長から、甲野整骨院に臨場し、監禁等の事実が認められるなら直ちに和三を救出し、原告次郎を現行犯逮捕するよう指示された。同課長は、逮捕後の現場の捜索なども考えると多人数の捜査員が必要であると考え、当時同署刑事課室にいた署員七名を連れ、同日午後四時五〇分ごろ甲野整骨院に到着した。

(2) 今橋課長は、まず同院玄関入口で原告次郎に対し、和三の件で来た旨及び同人に会わせて貰いたい旨を告げたが、同原告から「何も話をする必要はない。」と立入りを拒否され、更に同院勝手口で原告らと押し問答をしたあげく、ようやく同課長一人が同院内に入り和三と話すことを許された。そして同課長が八畳居間で正座していた和三に対し、「流石さんが署に来たがどうしたのか。」と尋ねたところ、「うちから金を持ってこないと帰れない。」と答えたので、更に「ここに居るのはあなたの意思ですか。」と問いただしたが、原告らは傍らに居て「誘導尋問だ。」「ばか野郎。」「早く帰れ。」などと怒嗚り、原告太郎は同課長に和三の署名、指印のある金五〇万円の借用証を突き付けて、「このとおり貸し借りの問題だから早く帰れ。」と迫った。右借用証には「右金銭を甲野様に支払うまでは甲野宅にいて一歩も外へ出ません。これは私の意志で強要されたものではありません。又監禁されたものでもありません。」などの記載があり、同課長は、その文言の不自然さに不審を抱いたが、原告らからは右借用証を楯にとって速やかに退去するよう要求され、和三に対し「あなたはどうしますか。」と尋ねても、「午後六時になれば家の者が金を持ってくる。それまではここに居る。」と答え、動こうとしなかった。そこで、同課長は、原告らの不法監禁の容疑は濃厚であるものの、原告らのいる所で和三から真意を聴取することは不可能であり、原告らを不法監禁の現行犯として逮捕することは無理であると判断し、かつ、原告らの執拗な退去要求をそれ以上斥けることは困難だと考えて、更に事態を見守り、後刻和三から事情を聴取することとし、他の捜査員とともに富士吉田署に引き上げた。

(3) 同日午後五時四〇分ごろ、和三の妻和子が富士吉田署に来署し、「夫から電話で、午後六時までに五〇万円用意しなければ帰ることができない、と脅えたような声で連絡があったが、何のことか判らないので調べてほしい。」と申し出たので、同課長はこれまでのいきさつを説明し、もうしばらく事態の推移を見たい旨話した。他方、同課長は、日本柔道整復師会山梨県支部幹事西村晃に尋ねて二回の施術に対し五〇万円もの請求をすることは考えられない旨の供述を得たため、原告らに監禁、強要、恐喝等の犯罪が成立する可能性が強いと判断し、同日午後七時ごろから捜査員を流石夫婦の供述調書の作成に当たらせた。また、そのころ来署した和三の長男和信、隣人の渡辺昭夫(以下「渡辺」という。)からも、「今甲野整骨院に行ってきたが、五〇万円出さなければ和三を帰さないと言っているので、警察の力で和三を救出してほしい。」との申し出を受けたが、同人らに対してももうしばらく事態の推移を見させてほしい旨話し、同人らは和三の三男安好とともに同日九時ごろ再び甲野整骨院に向かつた。

(4) 和三が甲野整骨院に入つてから約七時間を経過した同日午後一一時一五分ごろ、甲野整骨院付近に張り込んでいた捜査員は、和三が同院から出てきたのを発見し、富士吉田署に同行を求め、直ちに事情聴取を行った結果、同人から次のような趣旨の供述を得た。即ち、「信吉は同年九月三〇日自転車を運転中、停車していたライトバンのドアが急に開けられ、これに衝突して転倒し、鎖骨骨折の傷害を負った。同人は同日甲野整骨院で原告次郎から治療を受け、更に一〇月一日には同原告から往診治療を受けた。ところが同月二日になつて信吉は胸部等の痛みを訴えたので奥脇外科医院で診察を受けさせたところ、折れた骨が食い違っており、手術の必要があるとの診断だったので、和三は加害者の流石鐘太郎夫婦と相談のうえ、甲野整骨院から奥脇外科医院に転医することに決め、同日午後四時二〇分ごろ流石夫婦とともに甲野整骨院に赴き、転医の申し出をし、これまでの治療費の額を尋ねた。すると、同原告はむっとした表情で『それでは四五万円だ。これだけ今すぐ払えばどこの医者に行っても構わん。』と言った。間もなく流石夫婦は原告次郎の隙を見て出て行ったが、自分は同原告の態度を見て怖くなり、今逃げれば後で何をされるか分からないなどと躊躇するうち、気付いた同原告に『おっちゃんは少し待ってろ』と命じられ、原告ら二人から監視されるようになって、逃げる機会を失ってしまった。その後原告次郎から『おれの面子をこわしたし、加害者が逃げ出したから五万円増やして五〇万円支払え。』などと金員の支払いを要求され、『金を持つてくればいつでも帰す。』などと金を払うまでは同院から帰さないことをほのめかされ、更に『払わないと告訴する。』と脅された。和三は、この要求に応じなければならない理由はないと思ったものの、原告らの剣幕から応じないと何をされるか分からないと恐れ、要求に応じるほかないと考え、自宅に電話をかけて和子に金の工面を頼んだが、とても工面出来る当てはなかった。すると原告らは借用証を書くよう要求したので、和三は言われるとおり前記のような文面の借用証を作成した。その後警官が来て、その質問に対し『金を持ってくるまで待っている。』と答えたが、これは原告らの報復が怖くて、あえて嘘を言ったものである。午後一〇時半ごろになり、原告らから、五〇万円は自賠責保険で取るから保険金請求書と委任状に判を押せと要求されたので、和信が届けてくれた実印を右各書面に押し、ようやく解放された。」というのである。今橋課長は、直ちに捜査員をして和三、和子、和信、安好、信吉、渡辺らの供述調書の作成に当たらせた。その結果、原告次郎が九月三〇日に信吉の診療をした際にレントゲン写真の撮影を行ったことも判明し、かねてからの内偵の結果と合わせて同原告に対する診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反容疑についても確証が得られた。

(5) 富士吉田署では、同月三日午前九時ごろから上条署長、今橋課長、捜査第一係長、捜査第二係長によって捜査会議が開かれ、その結果、原告らの行為は、監禁、強要、恐喝未遂罪、診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反罪に該当するものであり、その捜査にあたっては、原告らが前記借用証等の物証を毀損し、あるいは和三ら関係者を威迫するなどして罪証を隠滅するおそれがあるので強制捜査で臨む必要があると判断された。同日今橋課長は富士吉田簡易裁判所に対し、右各被疑事実につき原告両名に対する逮捕状、甲野整骨院及び原告次郎の居宅の捜索差押許可状、甲野整骨院の検証許可状の発付を請求し、同日右各令状が発せられた。

(三)  以上認定したところによれば、本件逮捕状の請求当時、原告らには右逮捕状を請求することを相当とする程度の嫌疑があり、かつ、逮捕の必要もあったものである。したがって、右逮捕状請求は正当であったというべきである。

2  逮捕状の執行方法の適否(請求原因3(二))

<証拠>を総合すると、昭和五三年一〇月三日、上条署長は今橋課長に対し、被逮捕者が複数で、被疑事実も重大であり、原告らは体格も良く、原告次郎は柔道の高段位者で警察で教師を務めたこともあるので抵抗されれば逮捕も容易でないと予想され、かつ、捜索差押えの目的物も多種多様で検証の実施も必要と思われたことなどから、刑事課の署員を総動員して事に当たるよう指示したこと、そこで、同課長は刑事課員二三名をもってこれを行うこととし、右二三名を四班に分け、甲野整骨院の検証、捜索、差押え班を一二名、原告次郎逮捕班を四名、原告太郎逮捕班を三名、原告次郎居宅の捜索、差押え班を四名でそれぞれ編成したこと、そのうえで、同月四日午前八時三〇分ごろから、右捜査員らによって原告らの逮捕などが実施されたこと、その際これを察知した報道関係者らが右捜査員らを追尾して逮捕等の現場に至り、取材したこと、以上の事実が認められる。右認定事実及びさきに逮捕状請求の適否に関して判示したところによれば、警察が、本件逮捕にあたり原告らに対する予断に支配され、必要以上に多人数の捜査員を繰り出したり、ことさら報道関係者を同行させて取材させたものとは認めがたい。

以上によれば、本件逮捕状の執行方法に原告ら主張のような違法があったとは認められない。

3  報道機関に対する公表の適否(請求原因3(三)、抗弁1)

(一)  相川副署長らが本件逮捕の日に記者会見を行って、原告らが本件各被疑事実のような犯罪を犯したものである旨、同種余罪の疑いがある旨及び原告次郎が全国柔道整復師会会長で、前科三犯がある旨の公式発表をし、これが後記のように被告各新聞社の各新聞上に記事として報道されたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

(二)  一般に、人の社会的評価を低下させるような事実を公開することは、名誉毀損として不法行為を構成する。しかしながら、他人の名誉を毀損する行為が公共の利害に関する事項にかかり、専ら公益を図る目的に出たもので、かつ、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解され、また、もし右事実が真実であることが証明されなかったときでも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為は故意または過失によるものとはいえず、やはり不法行為は成立しないものというべきである。

本件についてこれを見ると、前記公表にかかる事実のうち、被疑事実はもとより、前科及び余罪に関する事実も、右被疑事実との関連において取り扱われている以上は公共の利害に関する事実であるということができ、かつ、相川副署長らがこれら事実を公表したことは、治安維持に当たる当局として専ら同種犯罪の防止等の公益を図る目的に出たものと推認することができる。そして、右被疑事実については、前記三1(二)で認定したところによれば、右公表の段階において、同副署長らには少なくともこれが真実であると信ずるについて相当な理由があったものということができる。また、原告治郎に傷害、業務上過失致死傷、同傷害の三犯の前科があることは原告らの自認するところであって、「傷害等前科三犯」という公表事実は真実であると認められる。余罪については、<証拠>によれば、右公表当時原告次郎には本件恐喝未遂と同種の余罪についての具体的な嫌疑が存し、捜査が行われていたことが認められる。

原告らは、本件については警察側も原告らの言い分も相当程度にあることを十分認識しえたのであるから、原告らの言い分も併せて公表すべきであったと主張するが、前認定のような本件被疑事実をめぐる事実関係に照らせば、警察側が原告らの犯罪の成立を信じて疑わなかったとしてもそれはむしろ無理からぬところと考えられるから、右主張はその前提を欠くものである。また、前科の公表については、一般に容疑の十分固まらない段階での公表は差し控えるべきであるとは言えるであろうが、本件においては犯罪の相当重要と目される部分が捜査官によつて現認されており、特に被疑事実の存在が確実と信ずべき状況が存したのであるから、前科の公表につき少なくとも過失があったとはいえない。

以上の次第で、相川副署長らのした前記公表は、違法性又は故意過失を欠くものであり、不法行為は成立しないといわなければならない。

四被告国の責任原因について(違法な勾留請求と勾留延長請求)

1  勾留請求の適否(請求原因4(一)(1)ないし(3))

(一)  嫌疑の存否(請求原因4(一)(1))

送検時の一件記録によれば、本件監禁の犯行時間帯に、和三が数回にわたり一人で便所に行き、息子や知人にも会い、今橋課長から帰宅を促されてもいるほか、和三がいた甲野整骨院一階八畳の間には原告らの両親や事務員などが居合わせた事実が認められることは、原告らと被告国との間で争いがない。

しかしながら、<証拠>によると、右一件記録から、甲野整骨院の便所は玄関と反対側の一番奥にあること、和信、安好、渡辺らが甲野整骨院へ赴き和三と会った際も原告らが常に和三の傍におり、原告次郎が大声で自らの言い分を言い募り、和三は殆ど口を利かなかったこと、今橋課長から帰宅を促された際、和三は原告らの報復を恐れてあえて真意に反する返答をしたものと客観的に判断できることが認められ、これに、右一件記録にあらわれた本件逮捕に至るいきさつ、和三、鐘太郎、たつ江らの供述内容を併せ見ると、前記争いのないところとされる事実が一件記録から窺えるからといって須栗検察官が原告らに勾留請求の要件としての罪を犯したと疑うに足りる相当の理由があると判断したことを誤りであるということはできない。他に本件勾留請求時に右相当の理由を否定すべき事情があったと認めるべき証拠はない。

(二)  留置の必要性(勾留の理由及び必要性)の有無(請求原因4(一)(2))

(1) 本件勾留請求時までに和三、鏡太郎が司法警察員の取調べを受けていたこと、原告らが富士吉田市に定住し、原告次郎が甲野整骨院に勤務していたことは請求原因1に関して既に認定したとおりであり、また、原審における原告両名各本人尋問の結果によると、原告両名は高齢の両親を扶養していたことが認められる。以上によると、当時原告らが逃亡すると疑うに足りる相当な理由があったとは認めがたい。

(2) 本件被疑事実は、原告らが共謀して重大な犯罪である監禁、強要、恐喝未遂等の罪を犯したというものであるうえ、前認定の本件の経過、原告らの言動に照らし、身柄不拘束のままでは、原告らの間では勿論のこと、原告らと他の関係人との間で通謀して罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があったことが認められる。即ち、本件被疑事実の立証は、事案の性質上、主として関係者の供述証拠によることとなり、殊に和三、次いで鐘太郎の供述の果たすべき役割は重大であるところ、前記の諸事情に照らし、原告らがこれらの者を威迫し、公判廷において原告らに不利な供述をするのを防げるおそれはかなりあると見られるから、捜査段階において原告らの供述との相違点をただしながらこれらの者の詳細な検察官に対する供述調書を作成する必要があるのは当然のことであり、勾留請求の時までに和三、鐘太郎が既に司法警察員の取調べを受けているからといって、原告らに前示罪証隠滅のおそれがなくなったとは認めがたい。のみならず、<証拠>によれば、勾留請求時において原告らの供述と和三、鐘太郎、たつ江の供述は大幅に食い違っていたこと、原告太郎は逮捕の直前に本件の重要な物証である和三作成の前記借用証を訴外丙野弘に預け、その隠匿を図ったことが認められる。右事実に前認定の原告らの両親や事務員が本件監禁の際同席していた事実を併せ考えると、原告らを釈放すると、和三や鐘太郎に働きかけたり、両親や事務員と口裏を合わせたりして罪証を隠滅するおそれがあったことは明らかである。したがって、須栗検察官が原告らに罪証隠滅のおそれがあると考えたのは尤もであり、これを不当とすることはできない。

(三)  原告らのその余の主張は、原告らに前記犯罪の嫌疑のないことと、身柄留置の必要性がないこととを前提とするものであって、その前提を欠くから、須栗検察官のした本件勾留請求には何ら違法の点はないというべきである。

2  勾留期間延長請求の適否(請求原因4(二))

(一)  勾留延長請求時までに鐘太郎、たつ江、和三、和信、安好、渡辺昭夫が司法警察員又は検察官の取調べを受けていたことは、原告らと被告国との間で争いがない。

(二)  しかしながら、<証拠>を総合すると、原告らは、当初の勾留期間満了時において、原告次郎が診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反被疑事実の一部を認めた以外には全面的に本件各被疑事実を否認していたこと、和三の供述調書は司法警察員に対するもの五通、検察官に対するもの一通が作られていたが、その内容には動揺、変遷が見られ、不安定であったこと、富士吉田署では、原告次郎につき、本件と同様、転院を申し出た患者から法外な治療費を脅し取ろうとした余罪(その存否は本件被疑事実の情状としても重大な意味をもつもの)についても捜査を進めていたことなどから、須栗検察官は、本件各被疑事実の嫌疑の有無、これについての起訴の可否につき結論を出すためには、原告らのほかたつ江、信吉、訴外中沢実、同古屋義春、同高田耕一など多数の関係者を更に取り調べる必要があり、勾留期間の延長請求をしなければならなかったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、前項に挙げたような取調べが既になされていたからといって、本件勾留延長請求を違法なものであるということはできない。また、原告ら主張のように、須栗検察官が本件勾留延長請求にあたってことさら裁判官の判断を誤らせるような手段をとったことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、本件勾留延長請求にも原告ら主張のような違法は認められない。

五被告各新聞社の責任原因について

(名誉とプライバシーの侵害)

1 名誉毀損の有無(請求原因5(一)、抗弁2)

(一)  請求原因5(一)(1)の事実は原告らと被告朝日との間で、同(2)の事実は原告らと被告読売との間で、同(3)の事実は原告らと被告毎日との間で、同(4)の事実は原告らと被告産経との間で、同(5)の事実は原告らと被告山日との間で、それぞれ争いがない。

(二)  (違法性阻却又は故意若しくは過失の阻却事由の有無)(抗弁2)

(1)  名誉毀損が不法行為を構成すること及びこれについて違法性又は故意過失が阻却される場合があることについては、前記三3(二)で説示したとおりである。原告らは、一般の犯罪容疑事実について警察発表に基づく報道をする場合には、報道機関はこれを真実と信ずる相当な理由があったというだけでは免責されず、殊に犯罪の実名報道については警察発表があったというにとどまらず、より以上にその真実性が特に高度である場合でなければ免責されないと主張するが、これらの場合につき特にそのように免責の要件を厳格に解すべきものとは認めがたい。

(2)  そして、被告各新聞社の前記各記事は、いずれも原告らにかかる犯罪の被疑事実及びこれに密接に関連する事実であって、公共の利害に関する事実を摘示したものであると認められる。

(3)  被告各新聞社の原告次郎の本件診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反被疑事件及びこれに関連する事実に関する本件各記事は、<証拠>によればその内容は真実であると認められ、また、その内容及び表現方法から見て専ら公益を図る目的に出たものと認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

したがって、被告各新聞社の右記事の掲載は、違法性を欠き、不法行為は成立しない。

(4)  そこで、右の点以外の本件各記事についてみるに、<証拠>によれば、本件各記事のうち、被告山日の本件(五)の記事にある原告次郎が昭和五三年一〇月一六日医師法違反の疑いで追送検された旨の記事以外のものは、相川副署長らによってなされた富士吉田署の前記公式発表に基づくものであり、被告各新聞社はこれを真実と信じて右各記事としたものであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。また、被告山日の本件(五)の記事については、<証拠>によれば、昭和五三年一〇月一六日原告次郎にかかる本件のエックス線無免許使用に関する医師法違反被疑事件が同署から甲府地方検察庁都留支部に追送致され、更に強要等の余罪についても追送致の予定であったところ、冨士吉田署の公式発表によってこれを知った同被告の記者の山本昭がこれを真実と信じて記事にしたものであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

次に右各記事の真実性について検討する。原告次郎に傷害等の前科三犯があることは既に認定したとおりである。しかし、原告らにかかる本件監禁、強要、恐喝未遂については、前認定のように司法警察員において逮捕状を請求するに足るだけの嫌疑があり、また、<証拠>によると、鐘太郎、たつ江、和子、和信、安好、渡辺は本件被疑事実を裏付ける供述をしており、和三も昭和五三年一〇月二日の事件直後から同月六日ごろまでは本件被疑事実に沿う内容の供述をしていたことが認められるけれども、一方前認定のとおり原告両名は右被疑事実を否認し、結局のところ右被疑事実については不起訴処分になっているのである。これに加え、<証拠>によると、前記鐘太郎らは右被疑事実の主要部分の直接の目撃者ではないうえ、被害者である和三の供述はその後徐々に変化し、当初認めていた、原告次郎から腕を殴るように引っ張られて診察室に連れ込まれたこと、診察室での同原告の態度は、言うことを聞かなければ何をされるのか判らないような剣幕で、尊大な態度だったこと、告訴すると脅かされたこと、などの主要な事実がその後否定され、あるいは触れられなくなったことが認められる。以上によると、犯罪の成否という観点からする限り、右被疑事実については本件各記事にかかる事実が真実である可能性は濃厚ではあるが、これが真実であることが証明されたといいうるかどうかには若干疑問の余地があるといえなくもない。

また、<証拠>によれば、原告らに右と同種の余罪があることを疑うに足りる証拠があることが認められれるが、これが真実であることの証明があるとまではいえない。

被告山日の前記追送致に関する記事については、そのうち、原告次郎が医師法違反の疑いで送検されたこと、当時更に恐喝未遂、強要の疑いで追送検される予定であったこと自体は、<証拠>によってこれを認めることができる。これに対し、右医師法違反の内容として書かれたと思われる、同原告が「エックス線技師の免許がないのにエックス線治療をしたほか、柔道整復師法を超えた医師のする応急治療をしていた。」との記述は、その意味が必ずしも明確ではないが、まず、前段については、エックス線治療という語句からはエックス線の照射による治療をしていたことを意味するもののように一応受け取れ、そうであるとすると、右丙第九号証の追送致書に記載された「医師でないのにエックス線ネガフィルムを診て疾病の評価を行いもって医業をなした」という被疑事実と符合しないことになる。しかし、「治療」の語は、一般にはしばしば「診察」をも含む意味で使用されることがあり、右被疑事実の報道において両者を区別することに特に大きな意味があつたとは認められないから、右「エックス線治療」はエックス線による診察をも包含する意味で用いられたものと理解できないではなく、この観点からすると、記事と被疑事実との不一致はないことになる。また、後段については、右追送致書の被疑事実には応急治療の語はなく、他方柔道整復師法は柔道整復師に対し、医師の同意ある場合を除き、骨折等の患部に応急手当としての施術をすることのみを許しているので、右記事と右被疑事実とがどのような関係に立つのか疑問を生ずるが、右記事の主眼は柔道整復師法の許容する範囲を超えた治療行為が行われたという点にあるものと解され、かつ、ここでも、治療と診察の用語上の混同は、それによって表現された事実の同一性を害するものとは認めがたいから、右記事は不明確、不正確ではあるが、その違法性を評価するにあたつて意味をもつような記事と送致事実との不一致はないものというべきである。次に報道された右被疑事実そのものの真実性についてみると、医師法違反の点については、その前提たる事実関係は、前記のような診察と治療の混同の点を別とすれば、<証拠>により真実であると認めることができる(これが医師法違反に当たるとする法的評価の点については後に触れる。)。昭和五一年七月に犯されたとされる別件の恐喝未遂、強要の点については、<証拠>によれば、原告次郎が被疑事実のような罪を犯したことを疑うに足りる証拠があることが認められるが(ただし、右証拠によれば、同原告が借用書を書かせたのは、転院を希望した主婦自身ではなく、その父であるが、この点の記事の誤りは、原告次郎の名誉の侵害される程度を左右するものとは言いがたく、したがってまた、被告山日の責任の有無・程度を左右するものでもない。)、それが真実であることの証明があるとまではいえない。

しかしながら、前認定のとおり、上記各被疑事実及び余罪の疑いについての報道は、被告各新聞社が富士吉田署の前記公式発表に基づいて行ったものであり、被告各新聞社には右報道にかかる事実を真実であると信ずるにつき相当な理由があったものというべきである。尤も、本件犯行場所は原告らの家族も居住している居宅内であり、犯行の最中に捜査官が被害者と接触していながら原告らを現行犯逮捕することもなく被害者を残してその場を引き上げていることは前認定のとおりであるけれども、このような事実も、被告各新聞社において上記のように信ずるについて相当な理由があったと認めることの妨げになるものではない。

被告山日の報道にかかる前記医師法違反の被疑事実については、追送致にかかる事実が同法に違反するものであるかどうかについて若干疑問がないわけではないが、たとえこれを同法違反に当たるとすることが誤りであるとしても、前記のとおり右評価は捜査機関の公式発表に基づくものであるから、報道機関として右評価を下したことには相当な理由があり、これについて故意・過失を認めることはできない。

したがって、被告各新聞社のした報道は、上記前科、被疑事実、余罪の疑いに関する記事については、いずれも違法性又は故意過失を欠くものというべきである。

進んで、本件各記事の個々の内容について個別的にその違法性等の判断上問題となる点を検討する。

(イ)  被告朝日の本件(一)の記事について、原告らは、「原告次郎が全国柔道整復師会をつくり、自分で会長におさまり、」という表現はあたかも同原告がいかがわしい会を自分で作り、不正な手段で会長になったような印象を与えるものであると主張するが、右文言は右主張のような意味を有するものとはいいがたく、同原告の名誉を毀損するものとは認めがたい。また、原告太郎は、右記事中「富士吉田署が原告ら二人を不法監禁、脅し、レントゲンを不法に使っていたなどの疑いで逮捕した。」との趣旨の部分は原告太郎もレントゲンを不法に使っていたという印象を与えるものであると主張するが、右部分も、必ずしも原告らのそれぞれが右各犯罪のいずれをも犯したとの意味を有するものとはいいがたいうえ、同じ記事の中で、無免許でレントゲン撮影をしたとの容疑は原告次郎に対するものであることが明記されているのであるから、右部分をもって不当に右原告主張のような印象を与えるものであるということはできない。

(ロ)  被告読売の本件(二)の記事について、原告らは、「患者を監禁し」という見出しは事実に反し、かつ、本文の内容と食い違っていて、右は読者の注意をひくことを目的としたものか、少なくとも重大な過失によるものである旨主張する。しかし、右見出しが患者の父ではなく患者自身を監禁したとしている点は明らかに事実に反するが、これが読者の注意をひくためにことさら虚偽の事実を掲げたものであるとは、本文の記事の内容との対比からも到底考えられず、単純な過誤によるものと認められる。そして右過誤そのものは同被告の担当者の過失によるものというべきであるが、被害者が患者自身であるか、その父であるかによつて原告らの行為に対する社会的評価に特に影響があつたとは考えられないから、これによって原告らに損害が生じたということはできない。

次に本件(二)の記事につき、原告らは、右は公共性のない興味本位の記事において原告らを「悪徳接骨師兄弟」と表現し、その人格を誹ぼうしたものであると主張する。右記事は、富士吉田署の幹部及び記者クラブ員が選定した同署の十大ニュースとして本件被疑事実を挙げたもので、それ自体格別公共性の顕著なものではないが、さきに同紙上でされた報道に再度言及したものにすぎないから、右被疑事実そのものの報道について被告読売が免責される以上、原則として、同被告は右記事についても免責されるべきである。また、「悪徳接骨師兄弟」という表現も、右被疑事実が真実であることを前提とする限り、原告らに対する形容として甚だしく当を失し、違法性を帯びるものとはいえない。ところで、右記事は昭和五三年一二月一二日に掲載されたものであるところ、前記二のとおり原告らは同年一〇月二五日処分保留のまま釈放されているのであるが、このことは、原告らが本件被疑事実について起訴されるかどうかにつき疑問を抱かせるものではあっても、右被疑事実の真実性を疑わせるに足りる事実であるとは必ずしもいえないから、右記事の掲載が右釈放後になされたものであることによって同被告に過失があったものと推認することはできない。

(ハ)  被告毎日の本件(三)の記事中の「悪徳兄弟」なる表現、被告産経の本件(四)の記事中の「無法整骨院」なる表現についても、被告読売の右「悪徳接骨医」なる表現について述べたところが妥当する。また、被告産経の右記事中の「『全国柔道整復師会会長』を名乗っている。」という表現については被告朝日の本件記事一について前述したところが妥当する。

(ニ)  被告山日の本件(五)の記事について、原告らは見出しの「もぐりでエクッス線照射」なる表現は人格蔑視の語感を伴うものである旨主張するが、右「もぐり」なる語句は、正当な資格を有しないことを意味するにすぎず、特に人格蔑視の語感を有するものとはいいがたいから、右主張は理由がない。

(5)  以上によれば、本件各記事の掲載は違法性又は故意・過失を欠き、被告各新聞社はこれについて名誉毀損による損害賠償責任を負わないものというべきである。

2 プライバシー侵害の有無(請求原因5(二)、抗弁3)

請求原因5(二)(1)の事実は原告らと被告毎日との間で、同5(二)(2)の事実(ただし、当該記事が読者に前歴が三回とも粗暴犯であるとの印象を与えるものであるとの点を除く。)は原告らと被告山日との間で、それぞれ争いがない。

しかしながら、右各報道が違法性を帯びるものではないことは、右各報道による名誉毀損の責任の成否に関して既に判示したとおりであり、また、右被告山日の記事は、必ずしも原告次郎の前歴が三回とも粗暴犯であるとの印象を与えるものとはいいがたいから、その点でも違法とはいえない。

六結論

以上判示した次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないものとして棄却すべきものである。よって、原告らの本件控訴を棄却し、被告各新聞社の控訴に基づき原判決中被告各新聞社の敗訴部分を取り消して原告らの右被告らに対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島一郎 裁判官加茂紀久男 裁判官梶村太市)

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